「ありがとう」の発信源に

教育長 吉川 真由美

著者

 初めて仕事についた職場に、すてきな女性の先輩がいました。仕事が早くて正確、ユーモアもある。どんなに無理な注文にも、「まったくもう~」といいながらも、笑顔で引き受けて、結果を出す。そんな彼女への仕事の依頼は増える一方でしたが、愚痴をこぼすことなく、彼女の周りには笑い声が絶えません。私が仕事でミスをした時の指摘もすとんと胸に落ちて、素直に「申し訳ない」と思える、温かさがありました。

 優秀な人は違う。美人は得。もって生まれたものが違う。そう思いつつ、これなら何とかまねできると思えるものを発見しました。笑顔を添えての「ありがとう」でした。彼女が机の書類に目を落としたまま、「ありがとう」ということは一度もありません。彼女の「ありがとう」は、まっすぐ私の目をみた笑顔とセットで、今も思い出されます。

 組織に所属し、役割を持つということは、楽しいことばかりではありません。子ども会やPTAも同様でしょう。子どものためとはいえ、忙しい日々の中、時間がとられて、報酬もない。一体何のために私はやっているのだろうと、役を受けて葛藤したこともあります。それでも、ふっと荷が軽く感じる瞬間が何度かありました。知らない間に、誰かが私のミスをフォローしてくれていたり、一緒にやるよと声を上げてくれたり。振り返ると、重苦しい空気を変えてくれたのは、やはり、謙虚になって伝えた、心からの「ありがとう」でした。一人で頑張りすぎず、遠慮なくお願いし、協力してくれたことに感謝する。正しい理詰めの論理よりも、一言の「ありがとう」で社会は動く。私はそのことを、団体活動を通じて学びました。頭でなく身体全体で理解し、子どもと一緒に成長できた気がします。

 娘が社会人になるとき、「『ありがとう』と『ごめんなさい』、それだけ言えれば、必ず何とかなる」と言って送り出しました。高い学力を身につけることも大事です。しかし、謙虚に、他者への感謝の気持ちを持つことは、どんな時も味方になり、厳しい状況を変え、生きる力につながります。「ありがとう」の気持ちは波及します。子ども会がその発信源となってくださることを願っています。